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2015年09月24日

『雀(すずめ)百(ひゃく)まで踊(おど)り忘れず』








244.【す】 『雀(すずめ)百(ひゃく)まで踊(おど)り忘れず』 (2004.08.09)
『雀百まで踊り忘れず』
雀は死ぬまで飛び跳ねる癖が抜けないように、幼い時に身に付いた習慣(特に道楽の類)は、年を取っても直らないということ。
類:●三つ子の魂百まで●習い性となる●The Child is (the) father of the Man.(子供は大人の父親である) --William Wordsworth (1770-1850): My Heart Leaps Up<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>
参考:関連があるかどうかは分からないが、「雀の踊り」は、『雀報恩事(「宇治拾遺物語」に収録)』にはなく、後の『舌切り雀(「御伽草子」に収録)』以降に出てくる。
*********

その5日後に、友助とお十三(とみ)の祝言(しゅうげん)が執(と)り行なわれた。
事前に、因幡屋卯右衛門(いなばやうえもん)が、腹踊りをする八兵衛の顔を見にきていた。

>卯:私は腹踊りというのに目がなくてね。楽しくやってくださいよ。
>八:合点(がってん)でさあ。ここいらじゃ、おいらに敵(かな)う奴なんか1人だっていやしませんからね。
>卯:だいぶ昔の話になるんですがね、それは見事(みごと)な腹踊りを見たことがあるんですよ。一度だけですがね。
>八:ご隠居様みたいなお大尽(だいじん)なら、そんなもんいつだって見られるじゃありませんか?
>卯:あれほど腹の皮が捩(よじ)れるものはありませんでしたよ。あんなことにならなければ、また見ることができたでしょうにね。返す返すも惜しい。
>八:あんなことってのは?
>卯:当時の大旦那が、私の兄なんですが、大笑いの挙句(あげく)に笑い死にしてしまったのです。
>八:あれ? なんだか、どっかで聞いたことがあるような話でやすね。おいらの父親(てておや)も、そんなことが元で死罪になっちまったんでさあ。

>卯:なんと。・・・もしや、お前さんの父親というのは、三平さんとは言いませんでしたか?
>八:へい。三平って名でした。なんでそんなことをご存知で?
>卯:因幡屋で働いてくだすってたんですよ。
>八:だって、うちの親父の旦那様は、雑煮(ぞうに)の餅を詰まらせたって言ってやしたぜ。
>卯:汁粉(しるこ)の餅ですよ。恥ずかしいので、雑煮ということにして貰ったんです。変わり者でしてね。酒を飲みながら汁粉を食べるのが好きでした。
>八:げえ。幾らおいらが酒好きだってたって、それだけはできそうもねえな。
>卯:大笑いしたとき、喉(のど)を湿らせようとしたんでしょうが、誤(あやま)って汁粉の椀(わん)を一息に飲み干してしまったのです。酔ってなくたって喉を詰まらせますよ。見方によっては、自害といっても良いところです。
>八:そうだったんですか。そりゃあ災難でやしたねえ。
>卯:災難だったのは三平さんの方です。奉公人であったばっかりに・・・。武家でもなんでもないのに殉死(じゅんし)させられたようなものです。お陰で、私は三平さんの腹踊りが見られなくなってしまいました。見たいのに見られない。これも辛(つら)いものですよ。好い夢を見るのですが、目覚めてみると何一つ覚えていない。丁度そんな感じなのです。
>八:そうですか。そりゃあお辛いでしょね。・・・良うがす。一世一代の踊りをご披露いたしやしょう。餓鬼の頃から親父の腹踊りはちゃんと見てましたから、こつは心得てやす。しっかり目に焼き付けてってくださいやし。
>卯:あの。・・・私らを恨んでやしませんか?
>八:そんなことありませんや。親父に給金をくだすってたお店(たな)を恨んだりしたら、それこそ罰(ばち)当たりってもんですよ。そんなことしたら、親父に怒られちまいます。
>卯:そういっていただけると私の心も慰(なぐさ)められます。

卯右衛門は、源五郎のところへ行き、踊りの見料(けんりょう)として、5両(約40万円)を押し付けていった。

祝言には、お花とその父・久兵衛も呼ばれていた。
お花は友人として、久兵衛は謡(うた)いの役として、である。

>源:なあ八、お花ちゃんのお父(とっ)つぁんの歌ってやつをようく聞いとくんだぞ。
>八:どうしてですかい?
>源:相当なもんらしいんだ。お前ぇの芸の足(た)しにもなるだろうよ。
>八:親方、おいらは大工ですぜ。芸の足しなんかなくたって構(かま)やしませんって。
>源:でもまあ、お花ちゃんの父親でもあることだしな。ちっとは話をしてみるのも良いんじゃねえのか?
>八:そ、そいつはそうでやすね。芸の足しは要(い)らなくても、そっちの足しになるんだったら、なんでもしやすぜ。
>源:今日は祝いの日だから、ちょっとくらいなら酒を過ごしても構わねえぞ。
>八:ほんとですかい? やったあ。
>源:言っとくがな、踊りの前までは控えとけよ。
>八:勿論でやすとも。因幡屋のご隠居様に恥ずかしいもんは見せられませんからね。
>源:そうだな。ちょっとばかしお捻(ひね)りも置いてってくだすったからな。
>八:ほんとでやすか? そんじゃあ、踊りが済んだら、それを元手にじゃんじゃん飲んじまおうっと。
>源:羽目を外すんじゃねえぞ。
>八:分かってますって。お花ちゃんのお父つぁんが一緒じゃ、飲んだくれたところなんか見せられませんもんね。

祝言は、滞(とどこお)りなく行なわれ、友助とお十三は目出度く夫婦(めおと)になった。
八兵衛は久兵衛の歌に聞き惚れ、久兵衛は八兵衛の腹踊りに驚嘆していた。
因幡屋卯右衛門は、大笑いしながら、感激の涙を流していた。

>八:お花ちゃん、お父つぁんを借りても良いかい? 一緒に飲みたくって仕方がねえんだ。おいら、あんな巧い歌を聞いたの初めてだよ。
>花:誉(ほ)めて呉れて有難う御座います。でも、八兵衛さん。うちのお父つぁんは飲み方がだらしなくって。
>八:なあに。酒飲みなんてのは、ちっとくらいだらしない方が良いの。なあ熊?
>熊:おいらに聞くのか?
>八:いや、止(や)めとこ。堅物(かたぶつ)の熊になんか聞いたおいらが馬鹿だった。
>熊:なあ、お花ちゃん。おいらがお目付け役をやってやるから、ちょっくら飲みに引っ張り出しても良いだろう?
>花:ちゃんと見張っといてくださいね。
>八:そうと決まれば早速(さっそく)行こうっと。・・・お花ちゃんのお父つぁーん。いや、歌の名人。飲み直しと行きやしょうや。
>熊:・・・あいつには振り回されっ放(ぱな)しだな。まあ、退屈することはねえがよ。
>花:大丈夫かしら、お父つぁん・・・
>熊:必ず無事に送り届けるから、まあ心配しねえで待っててやって呉れ。
>花:宜しくお願いします。

久兵衛は喜んで飲み屋まで付いてきて、座るなり上機嫌で杯を重ねていた。
浮かれた八兵衛は、「高そうな肴(さかな)を片っ端から持って来て呉んな」と、高らかに言い放った。

>久:お十三ちゃんは幸せそうだったなあ。うちのも早く片付いて呉れないもんかねえ。
>熊:お十三ちゃんの2つ下だって言うじゃないですか。まだまだですよ。
>八:それに、器量も良いし、腕も立つときてる。言うことなしじゃありませんか。
>久:そいつがいけねえってんだ。娘っこがなんだとかいう武道みたいなものをやったってなんの得にもならねえ。
>熊:そんなこともないでしょう。身体(からだ)が丈夫そうだし。結局のところ、丈夫で長持ちってのが一番のことでやすからね。なあ、五六蔵?
>五六:あっしんとこは、お頭(つむ)こそ足りねえが、病気一つしねえってのが取り柄(とりえ)みたいなもんでして。やっぱり、そういうのって、大事なことですぜ。それに、お花ちゃんは気が優しいから、強いのを鼻に掛けねえとこも良い。
>久:誉め過ぎだぜ。
>八:そんなことはねえですよ。おいらたちの間でも評判は良いですぜ。
>久:そうかい? 踊りの名手から誉められたら、悪い気はしねえな。ささ、ちびちびなんかやってねえでぐいっと行っと呉れ。ここは俺の奢(おご)りだ。
>八:そうは行かねえですよ。うちのもんが5人も来てるのに父つぁんに出させる訳にゃいきませんぜ。腹踊りのご祝儀(しゅうぎ)も幾らか出ましたから、ここはおいらが持ちやしょう。

>三:それはそうと、そのご祝儀には幾ら入ってたんですか?
>八:そんなの見てるかってんだ。あのご隠居様だったらちょっとくらい多めに呉れてるんじゃねえのかな?
>熊:高々素人(しろうと)の腹踊りに、いかほどの値打ちがあるってのかね。
>八:なんだと? この八兵衛さんの腹踊りがちんけだと?
>熊:そうは言ってねえだろう。
>八:どうれ、見てみようじゃねえか。・・・と、ありゃ?
>三:どうしたんですか、八兄い?
>八:小石が入っていやがる。・・・何々? 「全部飲んじまうといけねえから祝儀は預かっとく」だと? なんだこりゃ?
>熊:良かったじゃねえか。親方はお前ぇのやることならなんでもお見通しだ。
>八:ちょちょちょっと待てよ。ここの勘定はどうするんだ? お前ぇ、余計に持ってきてるのか?
>熊:おいらが持ってる道理がねえだろう?
>久:まあ、そう慌てなさんなって。だから俺が払ってやろうってんじゃねえか。こういうときは年上に花を持たせるもんだって。・・・ええと、あれ? こっちも石ころだぞ。 「お花さんに渡しておきます」だ? なんだこりゃ?
>三:こりゃあ、姐(あね)さんの字ですぜ。どういう企(たくら)みでしょうか?
>八:そんなの分からねえがよ。1つだけ言えることってのは、ここの飲み代(しろ)が払えねえってことだ。・・・どうする?船橋 風俗
>熊:どうするも何もねえや。親方を呼びにいくしかねえじゃねえか。・・・三吉、済まねえ。
>三:あ、あの。おいらこの辺の土地鑑(とちかん)がねえんで、一体どこをどう行けば良いのか・・・
>八:それじゃあ、四郎・・・。ありゃ、こいつ寝ちまってるじゃねえか。五六蔵は?
>五六:あっしなら大丈夫です。そんじゃ、ちょっくら行ってきやすんで、飲みながら待っててお呉んなさい。

「飲みながら」と言われても、胴巻きが空(から)同然では、どんなに上等なつまみでも喉も通らない。
自然と会話も途切れがちになり、酔いも段々醒(さ)めてきてしまった。
やがて、小半時(こはんとき=30分)ほどした頃、五六蔵に連れられて源五郎が現われた。

>八:親方あ、こりゃあないですよ。食い逃げになるところだったじゃねえですか。
>源:はっは、済まねえ。・・・久兵衛さん。これは、俺が仕組んだことなんですよ。
>久:どうしてこんなことを?
>源:お花ちゃんがね、お父つぁんの散財が心配で、おちおち嫁にも行けねえって言うもんでね。
>久:お花が船橋 風俗そんなことを・・・
>源:恥を掻かせるつもりはなかったんですが、このくらいのことをしねえと、久兵衛さん、改(あらた)めやしねえでしょう?
>久:それほど思い詰めていましたか。・・・いやあ、良い親とは言えやせんねえ。
>源:一切(いっさい)駄目だって言ってるんじゃねえんです。身に付いちまった癖と一緒で、直るもんじゃねえ。4回のところを2回にして呉れりゃ良いってことですんで。
>久:そうですか。考えてみりゃ、お花の支度金(したくきん)も何も用意してやれてねえんですもんね。
>源:今日のところのご祝儀はお花ちゃんのために回して貰うってことにして、八の祝儀でもう少し飲んでって呉れやしませんかい?
>久:良いのですか?
>源:その方が八も嬉しいでしょう。なあ、八?

>八:勿論ですとも。・・・でも親方、正直なとこ、ご隠居様はどれほど包んでくだすったんで?
>源:まったく、下世話(げせわ)な話をしやがるな、お前ぇも。・・・まあ良い。久兵衛さんに1両、お前ぇに1両、そして、死んじまったお前ぇのお父つぁんの供養に3両だ。
>久:い、1両船橋 風俗も? そんな大金、貰えませんや。
>源:良いじゃあねえですか。これまでの罪滅ぼしのつもりでお花ちゃんに何か買ってやってください。
>久:そ、そうですね。
>八:そんじゃあ親方、おいらの手元には4両の大金が転がり込むってことですね? うっひょう。しこたま飲めやすね。
>源:お前ぇも、嫁を貰う準備金かなんかに取っておけ。貯(たくわ)えもねえってことじゃ、誰も嫁になんか来ちゃ呉れねえぞ。
>八:へーい。
(第27章の完・つづく)---≪HOME≫

  


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2015年09月24日

『雀(すずめ)の涙(なみだ)』








243.【す】 『雀(すずめ)の涙(なみだ)』  (2004/08/02)
『雀の涙』
ごく僅(わず)かなものの喩え。非常に少ないこと。
 例:「雀の涙ほどの退職金」
類:●姑(しゅうとめ)の涙汁●蜂の涙ほど
*********

お十三(とみ)の母親の気持ちを動かしたのは、源五郎でもあやでもなく、赤ん坊の慶二だった。
終(しまい)いには、「あたしもこんな可愛い孫を抱いてみたいわ」などと言い出す始末である。
そうと決まれば話は早い。祝言(しゅうげん)の日取りやら準備する品物やらと、具体的な話へと進んでいった。
気が付いてみると、もう日が傾(かたむ)き始めていた。
そこへ「ご免くださーい。」という四郎の声がした。「うちの親方はお邪魔してませんか?」

>源:あ、いけねえ。あいつらのことをすっかり忘れてたぜ。
>あや:そうでしたわね。ちょっとくらい駄賃(だちん)を上げてくださいね。お目出度(めでた)ごとですから。
>源:そうだな。祝杯だもんな。・・・ちょいと失礼して、中座(ちゅうざ)させて貰いますよ。

源五郎は、お十三の両親に頭を下げてから、玄関口へ向かった。

>源:済まねえな、四郎。態々(わざわざ)来させちまってよ。
>四:いえ。このくらいでしたら、なんてことありません。・・・それで、友さんの方はどんなもんでしょう?
>源:すべて丸く納(おさ)まったよ。おっ母(か)さんも首を縦に振ってくだすった。
>四:それは良う御座いました。それじゃあ、早速(さっそく)兄いたちにお報(しら)せしねえと。
>源:ちょっと待て。
>四:は? はい。何か伝えることがありましたか?
>源:なんだ、あのな、八の腹踊りのことなんだがな。
>四:駄目(だめ)なんですか? おいらたちも楽しみにしてたんですが。
>源:そうじゃねえんだよ。ここの親父(おやじ)殿がよ、そういうことなら世話になってる然(さ)る大店(おおだな)のご隠居様にも見せてやりてえってんだ。
>四:そりゃあ良い。八兄いも喜ぶことでしょう。
>源:それがな、どこの誰とは言わなかったが、相当お年を召していなさるようなんだ。万が一ってことになりゃしねえかと、心配なんだよな、俺は。
>四:でも、前もって気を付けるように言っておけば大丈夫なんじゃないですか?
>源:八の親父のこともあるからなあ・・・
>四:親方、心配ばかりしてても始まらないですよ。
>源:うん。・・・そうだな。お十三ちゃんの親父殿には、呉れ呉れも良く説明しとくようにって言っとくしかねえな。

「小銭で済まねえが」と言って渡されたお捻り(ひね)には、小粒銀(=約7,000円)が2つ入っていた。
日頃は大金を持たない源五郎にしては、奮発(ふんぱつ)したものである。

>八:おい、これを見ろよ。銀だぜ。おっ魂消(たまげ)たなあ。「小さい粒の銭」には違いねえが、こりゃあ凄(すげ)え。
>熊:「だるま」でそんだけ飲むってのは、逆に至難の業(わざ)だぞ。
>八:なあに、みんなに振舞(ふるま)っちまえば良いのさ。半次に松つぁんにお咲坊に、その序(つい)でに六さんと。
>熊:お咲坊にゃ飲ますなってんだ。子供なんだからな。
>八:まあ良いじゃねえか。おいらの銭じゃねえんだしよ。だっはっは。
>四:友さんの方も巧く行ったようですので、万万歳ですね。
>八:残るはおいらだけってことか・・・
>三:おいらだって残ってるんですが。
>熊:こっちだってそうじゃねえか。勝手に自分だけになるな。
>八:良いの良いの。だっておいらは、もう親方に頼んじまってるんだからよ。順番から行くと今度はおいらの番。うっひっひ。
>熊:何がうっひっひだ。
>八:さてと、ささっと片付けて「だるま」へ繰り出そうぜ。

>四:あの、八兄い。親方がですね、腹踊りのことでちょっと心配してるみたいなんです。
>八:何をだ? そんなの一から十までおいらに任せとけば良いの。
>四:お十三さんのお父つぁんが世話になってるっていう、どこぞのご隠居様が見に来るそうなんです。
>八:どこの隠居だろうが構わねえよ。おいらの芸はよ、どこへ出しても恥ずかしくねえほど完成されているからな。
>四:それが、話によると、相当なお年寄りだそうでして・・・
>熊:おい八、そりゃあ気を付けといた方が良いぞ。
>八:どうしてだ?
>熊「親に因果が子に報い」って言うじゃねえか。
>八:なんだそりゃ? 「親の銀貨を子が盗む」だ? おいら、そんな悪いことなんかしやしねえぞ。第一、おいらのお父つぁんは、自慢じゃねえが銀の銭なんか握ったこともねえ。給金なんか碌(ろく)すっぽ貰ってなかったからよ。
>熊:そういうことじゃねえってんだ。

早めに片付けを済ませ、一行は「だるま」へやってきた。
三吉が、半次や六之進を呼びに行かされていた。慣れた道なら迷うこともないという訳である。

>亭主:おっ。なんだよ、まだ日が高えぞ。好い若いもんがこんな刻限に雁首(がんくび)を揃(そろ)えやがって。世間様がまだ働いてるって時に飲み始めるなんて、一体どういう料簡(りょうけん)だ?
>八:こちとら客だぞ。態々(わざわざ)来てやって銭を置いてってやろうってんだ。有難過ぎて泣けてくるだろう?
>亭主:何を言ってやがる。碌に物も食いやしねえで酒ばっかりじゃ、こっちは大赤字よ。
>八:そんなこと言うんだったらな、もう少し増しなものを出しやがれってんだ。一番美味いもんが胡瓜(きゅうり)味噌じゃあ仕様がねえだろう?
>亭主:良く言った。ようし、今日のは凄えぞ。浅蜊(あさり)の佃煮(つくだに)だ。どうだ、参ったか?
>八:どうせ誰かの手土産(てみやげ)だろう?
>亭主:な、なんでそんなことが分かる・・・
>八:親爺(おやじ)がそんなに手の込んだものを作る訳がねえ。・・・でも、美味そうだから山盛りで出しといて呉れ。
>亭主:お前ぇら、そんなこと言って大丈夫なのか? こっちだって商(あきな)いだ。少々は吹っ掛けるぜ。
>八:良いってことよ。今日は友さんの祝言が纏(まと)まった目出度え日だからよ。
>亭主:そうか。やっと決まったか。こりゃあご祝儀を出さなきゃいけねえな。・・・うーん、茄子(なす)の塩揉みで良いか?
>八:まったく、みみっちいことを言いやがる。

腹踊りが滅法(めっぽう)好きだというご隠居は、名を因幡屋(いなばや)卯右衛門(うえもん)という。
まだ誰も気付いていないがタイ風俗、雑煮の餅を喉(のど)に詰まらせて死んだ申右衛門(さるえもん)の弟である。
八兵衛の父の腹踊りを、一度見てから、忘れられなくなっていたのである。

そんなこととは露知らず、「だるま」では宴も酣(たけなわ)になっていた。
半次に呼ばれたという太助は、いつものように天こ盛りのおからを掻き込んでいるし、六之進は六之進で、納豆と葱(ねぎ)を捏(こ)ね回している。

>咲:ねえねえ五六ちゃん、今度鉤(かぎ)ちゃんを抱かせて貰いに行っても良い?
>五六:良いですとも。でも、重いですぜ。四郎んとこの元(げん)坊の二層倍はありそうですぜ。
>咲:凄(すご)おい。それじゃあお三千(みち)さんも大変ね。
>五六:漬け物石を背負(しょ)ってるみたいだって、笑いながら言ってやすよ。結構喜んでるみたいです。
>咲:良いな。あたしもそんな元気な稚児(やや)が良いな。
>六:こ、これ。お前にはまだ早過ぎる。飢えた狼の如き男どもがいるというのに、軽薄にそのようなことを言うものではない。
>咲:はーい。・・・でもね父上、あたしだってもう17(=数え)よ。娘盛りじゃない。あんまりのんびりしてると、売れ残りになっちゃうんだから。タイ風俗
>六:そのようなことを今から心配せずとも良い。良い時期に良い話があったら、親がなんとでもする。
>咲:また、父上ったら。そういうのは今じゃもう古いのよ。今の娘は自分で殿御を見付けるものなの。ねえ、お花さん?

>花:え? あたし? あたしはお父つぁんに決めて貰えればそれで満足よ。
>咲:またあ。流行(はや)らないわよ、そういう従順そうな娘っての。
>花:そうかしら?
>咲:そりゃあ、そういうのが良いって言う殿方も多いんでしょうけど、女子(おなご)だって言うべきことはちゃんと言わなきゃ駄目よ。
>花:はいはい。精々(せいタイ風俗ぜい)心掛けてみるわ。
>咲:見て呉れも悪くて言葉遣(づか)いも酷(ひど)いけど、性根(しょうね)の優しい五六ちゃんみたいなのが良いわよ。これって真理だからね。
>五六:誉められてるんだか貶(けな)されてるんだか・・・
>咲:誉めてるに決まってるじゃない。五六ちゃんとか親方みたいなのってそうはいないわよ。見付けたら捉(つか)まえちゃうのが一番。・・・でも、見付からないのよね、これが。世の中そんなに甘くないか。
>六:これ、咲。お前、またいつの間にか酒を飲んでいるな? 好い加減にしなさい。
>咲:大丈夫。今日は熊に負ぶってって貰うんだもん。
>熊:お、おいらか?
>咲:何よ、熊。あたしじゃ不服だっての?
>熊:そ、そういうことを言ってるんじゃねえって・・・
(つづく)---≪HOME≫

  


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2015年09月24日

 『杜撰(ずさん・ずざん)』








242.【す】 『杜撰(ずさん・ずざん)』 (2004.07.26)
『杜撰』
1.詩文などで、典拠が正確でないことを述べること。誤まりが多い著作。
2.誤まりが多く、好い加減なこと。ぞんざいで手落ちが多いこと。 例:「杜撰な工事」
類:●出鱈目●好い加減
故事:「野客叢書-二〇」 宋の杜黙(ともく)の作詩が、多く詩の律(=規則)に合わなかったことによる。「杜」が「撰」した詩、から。
出典:野客叢書(やかくそうしょ) 中国、南宋。王楙(勉夫)。30巻。中国の経学・史学・文学のあらゆる分野に亘っての、故事についての評語が記されている。
*********

翌日も、朝から猛暑だった。梅雨(つゆ)がないまま夏になってしまうのか、という気さえする。
午(ひる)過ぎから、お十三の両親を、源五郎とあやが訪(たず)ねることになっていた。
友助も一緒に行くことになった。

>八:いよいよ祝言(しゅうげん)の打ち合わせですかい?
>源:まだそこまでいってねえ。早まるな。
>八:またまた。おいらを騙(だま)そうったってそうはいきませんよ。
>源:騙すも何も、そういうことなんだから仕方がねえ。
>八:だって、お十三ちゃんは友さんにぞっこんだそうじゃありませんか。
>源:だからって、はいそうですかって訳にはいかねえものなの。
>八:でも、巧くいったら祝言なんでしょう? ほら、友さんだって好い年なんだし。
>源:俺と同じだ。どこが好い年だ?
>八:あいや、なんです、嫁を取るのには丁度良いってことですよ。ね?
>源:まあ良い。だが、浮かれてばっかりもいられねえんだからな。なんてったって、母(かあ)ちゃんが反対してるってんだからな。
>八:そりゃあいけねえ。途中で職を替えたのがいけねえんですかね? ・・・そんなら、十分に立派にこなしてるって、びしっといってやってお呉んなさい。そうすりゃ決まりですって。
>源:お前ぇは能天気で良いよな。・・・ま、こっちとしちゃ、誠心誠意頼んでくるしかねえんだろうがな。

>八:宜しくお願いしますよ、親方。
>源:お前ぇが頼む筋合いじゃねえだろう。
>八:とんでもねえ。友さんの件が片付かなきゃおいらの方に順番が回ってこねえじゃありませんか。それに、折角(せっかく)腹踊りをご披露しようってのに。
>源:なんだと? あれをやるってのか?
>八:偶(たま)には良いでしょう?
>源:うーん。前にやったときは甚兵衛(じんべえ)父つぁんが死にそうになったんじゃなかったか?
>八:ありゃあ、食ってた雑煮(ぞうに)の餅を詰まらせただけでしょう? 踊りを見たくらいで誰が死にますかって。
>源:分かったよ。・・・まあ、俺も久し振りに見てみてえしな。
>八:やったあ。

昼食を食べ終わったころにあやが迎えにきて、その足でお十三の家へと向かっていった。
抱かれた慶二は暑さには強いらしく、きゃあきゃあと愛想(あいそ)を振り撒(ま)いていった。

>熊:さてと、ここもあと少しで仕上がるな。ささっとやっちまうか?
>八:お前ぇも相変わらずだな。折角親方がいなくなったんだからのんびりしようぜ。なあ?
>熊:いなくなったってったって半時(=約1時間)もすりゃ戻ってくるんだぜ。ちっとも進んでねえとなりゃ雷が落ちるのは目に見えてるだろ。
>八:話がとんとん拍子にいってりゃそんなことにも気が付かねえさ。
>熊:そんな訳あるか。
>八:上(うわ)っ面(つら)だけちょちょいとやっときゃばれやしねえって。
>熊:お前ぇなあ、そいつは手を抜くってことだろ? そんな好い加減なことをしてたら、後々誰も仕事を出しちゃ呉れなくなるぞ。親方の名前にだって傷が付いちまう。
>八:そうか。そりゃあ困るな。将来の親方としちゃあ、そいつはおいらの傷になっちまうもんな。
>熊:お前ぇが元なんだっての。

>三:ねえ八兄い、その、甚兵衛さんが死にそうになったってのはいつのことなんですかい?
>八:そうさな、6年か7年前かな。なあ熊?
>熊:7年前だ。おいらたちが30丁度の年だったろう?
>八:そうか。大家の爺さんの還暦(かんれき)祝いだとかいって、少ない材料を持ち寄って雑煮を拵(こさ)えたんだったな。
>熊:お前ぇは食い物のことしか覚えてねえのか、まったく。
>三:そんで、ほかの人たちはどうだったんですか? 六之進様とかお咲さんとか、半次さんとかは?
>八:そりゃあお前ぇ、長屋の奴らの中には、おいらのお父つぁんの腹踊りを見たことがあるのもいるからよ。
>熊:天下一品だっていう評判だったもんな。

>八:あんなことにならなきゃな・・・
>熊:そうだな。評判を取るのも善し悪(あ)しだよな。
>八:巧くすりゃ提灯(ちょうちん)持ちから太鼓持ちくらいにはなれたかも知れねえのによ。
>熊:それじゃあ一緒だっての。暖簾(のれん)を分けて貰って、お店(たな)持ちくらいになっとかねえとな。
>八:だってよ、提灯より太鼓の方が重いぞ。そっちの方が偉いんじゃねえのか?
>熊:そんなもん御幣(ごへい)持ちでも看板持ちでも一緒なの。あんまり誉(ほ)められたもんじゃねえから、そんな呼び方の職には就(つ)かせるな。人聞きが悪過ぎる。
>八:そうなのか? でもよ、提灯持ちのまんまで死んじまったんだから仕方がねえ。
>熊:だから、提灯持ちなんて言うなってんだ。「お店(たな)の旦那の小間使い」って言っときゃ良いの。
>八:そうか。なんだか分からねえけど、そういうことにしとこう。

御託(ごたく)を並べながらも、手だけは動かしていたので、仕事はそれなりに進んでいた。
三吉が「そろそろ一休みしませんか」と言った頃には、その日の予定の分まで済んでしまっていた。

>四:それにしても親方たちは遅いですねえ。
>五六:揉(も)めてるんでやしょうか?
>熊:どういう話に進展してるかは知らねえが、今日はこっちには帰ってこねえかもな。
>八:それってえのは何か? おいらたちを働かしといて、あっちじゃ銚子を傾(かたむ)けながら宜しくやってるってのか?
>熊:そうは言ってねえよ。
>八:いや、事は祝言話だぞ。手打ちとなりゃあ祝杯を挙げるって相場は決まってるじゃねえか。
>熊:そりゃあそうかも知れねえが、だからって親方たちを責められねえだろう? 良いじゃねえか、お目出度いんだったらよ。
>八:目出度いのは良いことだがよ、早めに終(しま)って良いぞとか、今夜は多めに飲んでも良いぞとか、そういう報(しら)せくらいねえもんか?
>熊:そんなこと言ったって、3人しかいねえんだから仕方がねえだろう? それとも何か? ご当人の友さんに報せに来いって言うのか?
>八:そりゃあ無理だがよ、そこいらで遊んでる子供らにちょいと握(にぎ)らせれば済むことじゃねえか。
>熊:何もそこまでしなくたって、こっちだって年端もいかねえ餓鬼じゃねえんだから・・・

>八:そうか。そういうことならこっちにだって考えがある。とっとと片付けて飲みに行っちまおうぜ。
>熊:待てったら。・・・そんじゃこうしようじゃねえか。三吉にでも遣いに行かせて、今日の分は終わったから帰るって、こっちから報せに行く。その間、お前ぇは日陰で休んでりゃ良い。
>三:へ? またおいらですかい?
>五六:三吉だと、迷いやしませんか?
>熊:あ、そうか。行ったっきゴーゴーバーり梨(なし)の礫(つぶて)ってことになるかも知れねえな。
>八:そうだよ。駄賃(だちん)に梨食ってこられちゃ堪(たま)ったもんじゃねえもんな。
>熊:そういう意味じゃねえってんだ。
>八:四郎なら真面目(まじめ)だから、梨も西瓜(すいか)も食いやしねえだろ。
>四:はい。構いませんよ。おいらが行ってきましょう。
>熊:済まねえな。
>四:いえ。序(つい)でに、成り行きを聞いてきます。後で報告します。

陽炎(かげろう)が立ち上る道を、四郎は走っていった。まだまだ暑そうである。

>八:なあ、「梨の冷(つめ)てえの」ってどこに行きゃあ買えるんだ? おいらも食ってみたくなったな。
>熊:だから違うって言ってるじゃねえか。礫だよ、礫。
>八:それって石っころのことか?
>熊:そうだよ。
>八:なーんだ。食いもんじゃねえのか。四郎の野郎、石でできた梨なんか好きなのか? おいらだったら欲しいとも思わねえけどな。
>熊:お前ぇ、本気で言ってるのか?
>八:なんだ、熊? お前ぇもゴーゴーバー集めてんのか? おいらは、良い道楽とは思わねえぞ。
>熊:お前ぇ、無茶苦茶だな。
>八:何がだ?
>熊:梨の礫ってのはだな、行ったっきり帰ってこねえってことだ。鉄砲玉(てっぽうだま)とおんなじこと。
>八:鉄砲漬(づ)けの方が美味(うま)そうだけどな。
>熊:お前ぇはなんでも食い物だな。
>八:悪いか? そいつがおいらのおいらたる所以(ゆえん)じゃねえか。
>熊:そんじゃあよ、「糸が切れた凧(たこ)」って言ったら、なんて聞こえるんだ?
>八:「岩牡蠣(いわがき)」と「取れたての蛸(たこ)」。
>熊:巫山戯(ふざけ)てるんだか、ほんとに間違ってるんだか分かったもんじゃねえな。
>八:さっきから小難しいことを言ってるがな、おいらにとっちゃ梨だろうが漬け物だろうが蛸だろうがなんだって良いの。ちまちまと文句ばかり言ってねえで、飲みに行く心支度(こころじたく)をしておけってんだ。
>熊:一遍(いっぺん)こいつのお頭(つむ)を開けて、中身を見てみてえもんだぜ。
>八:金太楼(きんたろう)の饅ゴーゴーバー頭(まんじゅう)みてえに、中までぎっしり餡子(あんこ)が詰まってるのよ。
>熊:瓢箪(ひょうたん)みてえになってると踏んでるんだがな。振るとからから音がするぜ、きっと。
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2015年09月24日

『好きこそ物の上手(じょうず)なれ』








241.【す】 『好きこそ物の上手(じょうず)なれ』  (2004/07/20)
『好きこそ物の上手なれ』
何事によらず、好きならばそれを熱心にやるから、上達するものだ。
類:●Who likes not his business, his business likes not him.(自分の商売を愛さない者は、商売のほうでも愛してくれない)●Nothing is hard to a willing mind.(進んでやる気があれば困難なし)<「英⇔日」対照・名言ことわざ辞典>
反:●下手の横好き
*********

八兵衛は、胡瓜(きゅうり)に味噌を付けて齧(かじ)っていた。
昼間にも2本食べたというのに飽きないものかと、熊五郎は呆(あき)れ顔である。

>八:友さんはどうしちまったのかな? 「用がありますから」なんてよ。
>三:あれじゃないですか? あれ。
>八:なんだよ、あれってのは?
>三:若くて可愛いお十三(とみ)ちゃん。
>八:なんだ、そういうことかよ。それじゃあ仕方ねえな。
>熊:なあ八よ。昼間、なんだか親方と友さん、2人でこそこそやってなかったか?
>八:そうか? おいらは気が付かなかったぞ。
>三:大方、祝言(しゅうげん)の話でもしてたんでしょう? 羨(うらや)ましいですよねえ。
>熊:そうかな? 親方の顔付きはそんなんじゃなかったぞ。
>八:そういやそうだったな。困り切っちまってるって風(ふう)だったな。
>熊:駄目になっちまったのかな?
>三:そんなことないですよ。おいら、気になったもんだから聞いてみたんですからね。
>八:それで、なんだって?
>三:お十三ちゃんとは巧く行ってて、向こうも憎(にく)からず思って呉れてるようだって言ってました。
>八:それなら何も心配要(い)らねえじゃねえか。・・・大方、親方は別のことでそんな顔してたんだよ。な? 静(しずか)嬢ちゃんのこととかよ。
>熊:まあ、そういうことなら良いんだけどよ。

そんな頃、友助は源五郎とあやの向かいの席に座っていた。
卓の上には細(ささ)やかながら小鉢が並び、銚子も何本か用意されていた。

>あや:親方が友助さんを連れてくるなんて思いもしませんでした。
>源:そりゃあどういうことだ? 俺みてえな唐変木(とうへんぼく)が弟子の色恋の話に首を突っ込む筈がねえってことか?
>あや:いえ、明日かと思っていたということですよ。
>源:そうは聞こえなかったぜ。
>あや:まあ、簡単に言っちゃうとそういうことなんですけど、それじゃあ身も蓋もありませんからね。
>源:それを今、正直に言ったんじゃ、それこそ俺の立つ瀬がねえじゃねえか。
>あや:あら、そうでしたわね。
>源:お前ぇがお花ちゃんを呼んだってもんだから、話がそういう方にも向いてるんじゃねえかと思ってよ。
>あや:まあ、珍しく察しが良いんですね。・・・はい、確かにそういう話に及びました。だいたいのところはお花さんから伺(うかが)っています。でも、友助さんを呼ぶのは、明日に違いないと思っていました。
>源:どうしてだ?
>あや:わたしに任(まか)せると何をやらかすか分からないものだからと、心の準備に1日掛かると。
>源:お前ぇにゃ敵(かな)わねえな。友助があんな突拍子もねえ話を持ち出さなきゃそうなってたとこだ。・・・悔しいけど、お見通しだぜ。

あやはころころと笑って、友助と源五郎に酌(しゃく)をした。
それで肩の力が抜けたのか、友助が、昼間の話の続きをあやに説明し始めた。

>友:父親(てておや)の三次さんが「契(ちぎ)ってしまえ」だなんて言うもんですから。そんなにまでして急ぐことでもないのに。なんだか追い立てられてるみたいで、どうも・・・
>あや:それはまた思い切ったことを言い出しましたね。お母様はそれほど頑(かたく)ななんですか?
>友:いえ、それほどではないと思います。娘のお十三さんが大事なんでしょうから、最後のところでは折れてくださると思うんですが。
>源:そうだと良いがな。
>あや:いっそのこと、契ってしまいますか?
>友:へ?
>源:お、お前ぇ、なんてことを言い出しやがる。
>あや:半(なか)ば本気なんですよ。・・・女子(おなご)というものはね、時には殿方のそういうところも見たいんです。いつまでもどっちつかずではっきりしないところは、一番情けないと思えてしまうんです。
>源:だからってってお前ぇ・・・
>あや:そうですね。あまり端(はし)たないことをしては、お母様から益々嫌われちゃいます。
>友:それではどうしろと?
>あや:分かりません。・・・ですが、友助さんの友人知人や仕事仲間などを見ていただくことで、安心させて差し上げるしか、手はないのかも知れません。
>源:そうかもな。・・・どうだ、友助?
>友:ご足労(そくろう)願えますか?
>あや:これから訪ねていって明日の都合(つごう)を聞いといていただけますか?
>源:昼間が良いってんなら、それでも構わねえからな。

友助は深々と頭を下げてから走り去った。

>源:いっそ契ってしまえなんて言い出したときはどうなるかと思ったぞ。
>あや:友助さんのような押しの強くない人にはそのくら脅(おど)しておいた方が良いんです。
>源:43だぞ。そのくらいのことは自分で判断できるさ。
>あや:できなかったから未だに独り身なんじゃありませんか。
>源:そりゃあ幾らなんだって言い過ぎだろう。
>あや:あら、そうでもありませんよ。わたしだって、親方がもう少し見栄(みえ)っ張りだったらここには来ていませんもの。
>源:それを言うなってんだ。

「だるま」では、流石(さすが)の八兵衛も、胡瓜ばかりでは酒の進みが悪く、いつになくしゃっきりとしていた。

>八:友さんの祝言か・・・。
>熊:なんだよ。人の祝い事に溜息なんか吐(つ)くんじゃねえ。
>八:だってよ。周りばっかり片付いていっちまうんだからよ。取り残されちまうような気にもなるぜ。
>三:まだおいらが船橋 デリヘルいるじゃありませんか。八兄いのために待っててあげてるんですから。
>八:待ってるも何もあるか。お前ぇもおいらと一緒の溢(あぶ)れ者よ。
>三:そんなこと、はっきりと言うもんじゃねえでしょう。言ってて自分の足を引っ張ってるってのが分からないんですかい?
>八:そうか。それもそうだな。
>熊:まあ、人様の幸せはよ、便乗(びんじょう)しちまってそのお零(こぼ)れをいただくってのが一番よ。そういうのが、お前ぇには合ってる。
>八:そうだな。友さんとお十三ちゃんの祝言の席で良いとこを見せりゃあ、巧い具合いにことが運ぶかも知れねえもんな。
>三:その意気ですよ、八兄い。
>八:そうと決まりゃあ、やるぜ、久し振りに。
>熊:お、お前ぇ、本気か?
>八:あたぼうよ。こういうときのために大事に取って置いてるんじゃねえか。だから言うんだろう「取って置き」ってよ。
>熊:そりゃあそう船橋 デリヘルだろうが、祝言の席でやって良いもんか?
>八:お弔(とむら)いでやることじゃねえだろ?
>熊:当たり前だ。
>三:なんですか、その取って置きってのは?
>熊:ああそうか。三吉はまだ見たことなかったな。中々にして凄(すげ)えぞ。
>三:そんなにですか? こりゃあ楽しみだ。・・・なんなんですか?
>熊:腹踊りだ。
>八:一子相伝の伝家の宝刀だぞ。笑い転げて止まらなくなるぞ。
>三:でも、言っちゃなんですが、唯(ただ)の腹踊りなんでしょう?
>八:腹踊りごときと舐(な)めて掛かるでない。
>熊:死んだ八のお父つぁんのは、そりゃあもう見事(みごと)なもんだったぜ。腹の皮が捩(よじ)れるってのは、正(まさ)にあのことだな。
>三:そんなに凄えんで?
>熊:極(きわ)めてる。船橋 デリヘルその気がねえと、ああはうまくできねえぞ。・・・八がやることで誉(ほ)められるのはこの腹踊りくれえのもんだ。
>八:そういう言い方はねえだろう。
>熊:まあ、楽しみにしてるこったな。
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2015年09月24日

 『据膳(すえぜん)食(く)わぬは男(おとこ)の恥(はじ)』








240.【す】 『据膳(すえぜん)食(く)わぬは男(おとこ)の恥(はじ)』 (2004.07.12)
『据膳食わぬは男の恥』[=内ではない]
女の方から情事を挑んできたら、男子はその誘いに応ずるのが当然だ。また、応じないようでは男の恥だ。
★「据え膳」は、すぐ食べられるばかりに整えられた食膳のことで、転じて、女の方から言い寄ってきて、あとはこちらが応じるばかりになった状態のこと。
用例:浄・夏祭浪花鑑「据膳と鰒汁を食はぬは男の内ではない」
*********

梅雨とは思えないほど好天が続いていた。
「好天」というよりも、むしろ、「酷暑」である。暑さに弱い八兵衛は既に顎(あご)を出していた。

>八:親方あ、今日はもうこれくらいにしませんか? このままじゃ鰯(いわし)の丸干しみたいになっちまいますよ。
>源:何を言ってやがる。まだ水無月(みなづき=陰暦6月)にもなってねえんだぞ。そんなことじゃ本当の真夏なんか乗り切れねえぞ。
>八:だって親方、もう5日も雨が降ってねえんですぜ。こんな梅雨ってありますか?
>源:実際そうなんだから仕方がねえ。耐えるんだな。
>八:そんなあ・・・
>熊:それにしても、こんなに晴れるんだったら棟梁たちにくっ付いていけば良かったですね。旅も順調でやしょうね。
>源:日頃の行ないが良いとは思えねえんだがな。お天道(てんとう)様も臍(へそ)曲がりなことをしなさる。
>熊:まあ良いじゃないですか。静(しずか)譲ちゃんも源太坊ちゃんも、嘸(さぞ)かしご機嫌(きげん)でしょう。
>源:年寄りの手には負えなくなってるだろうよ。
>熊:違(ちげ)えねえ。

>八:棟梁たちが好い思いをしてるってのに、おいらたちは炎天下で煮干しみてえになってろって言うんですかい?
>熊:縮(ちぢ)みやがったな?
>源:まったく根性のねえ野郎だな。・・・まあ仕方がねえ。半時(=約1時間)ばかり日陰で休むとするか。
>八:本当ですか? 流石(さすが)親方、話が分かりなさる。・・・おい三吉、水菓子かなんか買ってこい。
>三:またおいらですかい? それに、水菓子ってったって、何を買いにどこへ行けば良いってんです?
>八:与太郎んとこへ行けば冷えた西瓜(すいか)くらいあるだろう。
>三:西瓜ですか? そんなもん食ったら腹が冷えちまって良くないんじゃありやせんか?
>八:西瓜ごときで誰が腹を壊(こわ)すかってんだ。
>三:それに、一黒屋(いちこくや)はちょいと遠いですぜ。
>源:西瓜なんて水っぽいもんを食うと酒が不味(まず)くなるぞ、八。
>八:へ? そうか、それもそうですね。それに、西瓜はまだ出端(でばな)でまだ高い。余計な銭を使うくらいなら、「だるま」で胡瓜(きゅうり)の1本を頼んだ方が良いってことですね?
>熊:西瓜が胡瓜かよ。随分安っぽくなりやがったな。
>源:三吉、まあ日陰に入って休んでろ。瓜売りでも通り掛ったら真桑瓜(まくわうり)くらい食わしてやる。
>八:ほんとですか? こりゃあ楽しみだ。
>熊:酒の為に水菓子は止(よ)すんじゃなかったのか?
>八:何を言ってやがる。瓜が「どうぞ食ってください」って言ってきてるのに食ってやらなかったら失礼だろう。
>熊:別に失礼じゃあねえよ。余ったら五六蔵とか太助が始末して呉れる。
>八:そんなこと言うなよ。食わして呉れよ。

やがて瓜売りが通り掛ったが、真桑瓜は売り切れてしまって胡瓜しかないという。
八兵衛は文句も言わず、ガリガリと2本を食べ尽くした。

>源:さあ、もう一頑張りだ。区切りの良いところまでやったら終(しま)いにしよう。
>八:なんだか半端に休むと動く気が起きませんねえ。
>源:暑きゃあ休ませろ、涼んだら動きたくねえ。そんな料簡(りょうけん)は通用しねえぞ。さあとっとと働きやがれ。
>八:へーい。・・・でも、なんだか胡瓜くらいじゃ力が湧きませんね。
>源:冗談じゃねえ。人に銭を出させといてその言い種(ぐさ)はねえぞ。そんなことを言うんなら食った分は返しやがれ。
>八:い、いえ。働きますって。・・・銚子を持ち上げるくらいの力が残ってりゃ良いんでやすから、ばりばり働かせていただきます。こら四郎に三吉、とっとと材木を運んできやがれ。
>源:お前ぇも行けってんだ。・・・さてと、家(うち)の方はどうなったかな?

>熊:今日は姐(あね)さんのとこでなんかあったんですか?
>源:客を2人ばかり呼んで鰻(うなぎ)を食うんだって言ってた。
>八:なんですって? 鰻でやすか? 良いなあ、羨(うらや)ましいな。
>源:お前ぇのためだ。本来ならお前ぇが鰻の代金を払わなきゃならねえところだぜ。
>八:どういうことですか?
>源:鰻に有り付いたのはお咲ちゃんとお花ちゃんだ。どういう話になってるのかはまったく知らんがな。
>八:それじゃあ・・・
>源:まだに決まってるだろう? 毎晩のように顔を合わせるお花ちゃんに、突然そんな話ができるか。
>八:だって、そういうもんってのは、とんとん拍子に行きときは行くでしょう?
>源:行かねえときの方が多いの。まあ、そう慌てるな。
>熊:姐さんに任せときゃ大丈夫だよ。信じて待つこったな。
>八:ま、まあ、そうですね。・・・でもなんだか胸の辺りがどきどきしやすね。
>熊:ほう。お前ぇも人の子だってこったな。
>八:なんだよそりゃあ? それじゃあまるでおいらが恥ずかしさもなんにもねえ千枚通しみてえじゃねえか。
>熊:それを言うなら千枚張りだっての。

八兵衛たちが仕事に取り掛かっていった後、源五郎は友助を呼び止めた。

>源:なあ友助。ずばっと聞くんだが、お十三(とみ)ちゃんの方はどうなってるんだ?
>友:はい。当船橋 風俗人と、父親(てておや)の三次さんは乗り気でいてくだすってるんですが、おっ母(か)さんがどうにも好い顔をしてくださらないんです。
>源:どういうことだ? 俺はまた、お十三ちゃん本人が駄目かと思ってたぜ。歳が違い過ぎる。
>友:はは。確かに42に26ですからね。でも、案外古風なところもありますよ。
>源:それに、娘の嫁入りとなると、一番反対するのは父親だって相場が決まってるじゃねえか。
>友:三次さんとは巧くいってますよ。良く根付(ねつ)けの話をします。集めてるそうなんです。
>源:根付けだと? ・・・そんなもん誰が好んで集めたりするんだ?
>友:集める者の心の中なんてものは誰にも分かりゃしませんよ。ですが、偶々(たまたま)両毛屋にいたときのお客様に同じ趣味の方がいらっしゃいましてね。私もちょっとは知っているんです。望まれましたのでお引き合わせしました。あちらさんも喜んでくださいましたよ。
>源:へえ。世の中、何が役に立つか分かったもんじゃねえな。・・・それで、おっ母さんは何がいけねえって言ってるんだ?
>友:私と歳が殆(ほとん)ど変わらないせいです。
>源:だってお前ぇ、歳ばっかりはどうしようもねえぜ。
>友:三次さ船橋 風俗んもそう言って説得して呉れているんですけど、どうも・・・
>源:そうか。まあ、家の中じゃ、母親ってのは父親より肝心(かんじん)だからな。・・・それで、何か考えはあるのか?

>友:あ、いえ。・・・三次さんは変なことを言い出してますが・・・。
>源:なんて言ってくだすってるんだ?
>友:その、言い難いんですが、お十三ちゃんと、なんです、あの、契(ちぎ)ってしまえと。
>源:なんだと? 父親が言う台詞(せりふ)か?
>友:それが、お十三さんも、いっそのことそうしてしまいたいと言い出しまして。
>源:そりゃあお前ぇ、えーと、俺はよ、それを煽(あお)り立てる立場じゃねえからよ。というより、その辺のことってのについちゃ、世の中どうなってるのか知らねえもんだからよ・・・
>友:そうで船橋 風俗すよね。そういうことはこっちで決めないといけません。・・・でも、もし良かったら、姐さんと話してみていただけませんか? 姐さんなら間に入ってくださるかも知れません。
>源:そうだな。そうするか。お前ぇ、今日の仕事が終わったら、家に上がっていけ。くれぐれも早まったことはするなよ。下手(へた)な奴と話をすると、無責任な助言をするもんだからよ。
>友:分かっています。・・・では、宜しくお願いいたします。

「参(まい)ったな・・・」源五郎は大きな溜め息を吐(つ)いた。
でもまあ、当人同士が好いと言っているのだから八兵衛よりはずっと増しかと、思い直した。
八兵衛は、相も変わらず「暑い暑い」を連発している。
本当に妻帯する気があるのかと、疑いたくなる。
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2015年09月24日

 『酸(す)いも甘(あま)いも噛(か)み分(わ)けた』








239.【す】 『酸(す)いも甘(あま)いも噛(か)み分(わ)けた』 (2004/07/05)
『酸いも甘いも噛み分けた』[=知っている]
人生経験を十分積んでいて、世間の微妙な事情や人情の機微(きび)に通じ、分別(ふんべつ)がある。世の中の裏も表も知っている。
*********

翌日の午時(ひるどき)、お咲はお花を伴(ともな)ってやってきた。
詳細は話してないのであろう、お花はどうして呼ばれたのか分からず、怪訝(けげん)そうな顔をしていた。

>咲:あやさーん。お花さんを連れてきたわよーっ。
>あや:上がって貰ってちょうだい。今、お湿(しめ)を替えてて、手が離せないの。
>咲:はーい。
>花:お邪魔します。
>あや:お花さん、ご免なさいね、呼び付けちゃったりして。
>花:いえ。別に用があるという訳じゃありませんから。
>咲:ねえねえ、お湿替え終わったら慶二ちゃん抱かせて呉れる?
>あや:良いわよ。・・・でもね、こんなこと言うのはなんなんだけど、人様の子よりも自分の子の方が良いわよ。安心して抱けるし。
>咲:そうかもね、どうしても気を使っちゃうもんね。だけど、自分の子なんて、まだまだ・・・
>あや:そうかしら。およねさんだってお三(み)っちゃんだって、一昨年(おととし)まではまだまだって考えてたのよ。
>咲:だって、あたしまだ17(=数え)よ。
>あや:でも、これから夫婦(めおと)になると、稚児(やや)が産まれるのは18よ。決して早過ぎはしないでしょ?
>咲:そうかなあ? どう思う、お花さん。
>花:あたし? あたしはもうそういう丁度良い年頃を過ぎちゃったから。だから思うんだけど、早過ぎないと思うわよ。
>咲:何言ってるのよ。お花さんだってまだ24でしょう? そんなこと言ってちゃ駄目よ。
>花:でも、お父つぁんもおっ母(か)さんも「いつになったら片付いて呉れるのかね」って。半分諦(あきら)めてるみたい。
>咲:そんなことないわよ。
>あや:そうよ。わたしがここの親方と一緒になったのは28のときですもの。静(しずか)を産んだのも29よ。
>花:え? そうなんですか? 全然そうは見えない。

お花も、恐る恐るではあったが、慶二を抱いてみた。
不思議なもので、腕にすっぽりと入ると、結構しっくりとくるものである。
泣き出しもせず、ぐずりもせず、慶二は抱いている自分の顔だけを見詰めてくるのである。

>あや:ねえお花さん。・・・うちの友助にどうかって言ってたお十三(とみ)さんとは、最近お話してみたかしら?
>花:ええ。友助さんったら、2人で会うのはあんまり好きじゃないみたいで、外で会うんじゃなくって、お十三ちゃんの家へ来るんですって。
>咲:へえ。人は見掛けに依(よ)らないのね。案外前向き。
>あや:巧くいってるみたいなの?
>花:お十三ちゃんのお父さんと話が合うみたい。
>咲:あやさん、親方からはなんの報告もないの?
>あや:そういうことには疎(うと)い人なのよ。自分の弟子なんだからもうちょっと気に掛けて欲しいんだけどね。
>咲:道理で。・・・でも、そういう具合いなんだったら、そろそろ祝言(しゅうげん)とかの話もしなきゃいけないんじゃないの?
>あや:そうよね。・・・お花さんの見た感じではどう? 行けそう?
>花:お十三ちゃんの方の気持ちはもう固まっているみたいなんですけど・・・
>咲:何か、いけないことでもあるの?

>花:おっ母さんが、ちょっと迷ってるんですって。
>咲:どうして? お互いが良いって言ってるんだったら良いじゃないの。
>花:それがね、お十三ちゃんのおっ母さんって、友助さんと歳が2つしか違わないんですって。
>咲:そんなこと気にしてたって始まらないじゃない。ねえ?
>花:43の男といえば世の中の裏側の汚(きたな)いところも見てきているだろうから、右も左も分からないお十三ちゃんには釣り合わないんじゃないかって。
>咲:だって、友助さん本人とも会っているんでしょう? 分かりそうなもんだけどな。
>あや:人というのはね。本人だけじゃ分からないものなのよ。どういう人の下で働いているのかとか、どういう人たちと付き合っているのかとか、そういうことの方が重要だったりするの。
>咲:じゃあ、親方と一緒にあやさん、行ってくれば良いじゃない。それで決まりよ。
>花:そうですね。応援してあげてください。あたしも、仲を取り持ったから責任を感じちゃってるんです。
>あや:そうね。今日にでも友助さんと話してみるわ。・・・親方ともね。

そんな話をしていたところに鰻(うなぎ)が届き、3人は食べながら話を続けた。
お花も漸(ようや)く慣れてきたようである。

>咲:でも、お十三さんって、威勢が良い人だって言ってなかったっけ? 「右も左も・・・」って、箱入り娘でもなでしょうに。
>花:親にとっては、我が子なんてそういう風にしか見えないのね。
>咲:そういうもんなのかな。
>あや:親はね、自分の子のことは一番良く知っていると思っている。でも、思っているだけじゃなくって、本当に一番良く知っているのよ。多分、子供本人よりも良く知っている筈。
>咲:そうかしら? うちの父上なんかなんにも知らないみたいだけど。
>あや:それはね、お咲ちゃんが知らず識(し)らずのうちに隠しちゃうからなの。恥ずかしいこととか後ろめたいことって、先(ま)ず誰に内緒(ないしょ)にする?
>咲:そりゃあ、あたしの場合、父上しかいないもの。
>あや:一番分かって貰いたいのが父上で、一番内緒にしたいのも父上。・・・それじゃあ、お咲ちゃんのことを分かりたいと思っているのに、隠されちゃうんじゃ、父上は可哀想(かわいそう)よね。
>咲:うーん。なんだか難しくなってきちゃったわよ、あやさん。
>あや:簡単に言っちゃうとね、「父上はあたしのことなんにも分かって呉れない」なんて言ったら、父上がしょんぼりしちゃうってこと。
>咲:でもあたし、そんなことしょっちゅう言ってるわよ。
>あや:それはね、父上が我慢して呉れているの。
>咲:でもさ、今更あたしはこんな馬鹿娘で、こうこうこういう過(あやま)ちを犯して参りまして御座いなんて言えない。
>あや:誰だって嫌な話はしたくないわ。全部正直に話すこともない。要はこれからってことよ。話さなきゃいけないことって、そのうち必ず出てくるでしょう? そういうときはね、菜々ちゃんとか熊五郎さんとかに仲立ちをして貰うの。聞く方だって、改まって面と向かわれるというのはあまり好きじゃないものよ。

あやの説教臭い話のどこかが琴線(きんせん)に触れたのであろうか、聞いていただけだったお花が口を開いた。

>花:あの、ちょっと聞いて貰っても良いですか?
>あや:お十三さんのこと? それとも、お花さんのこと?
>花:あたしのことです。あたしと、お父つぁんのことです。
>あや:良い人だっていう評判らしいじゃない? 良く働くって。
>花:仕事のことじゃないんです。
>あや:どんなこと?
>花:お父タイ風俗つぁんったら、お祭り騒ぎが好きでね、歌が巧いからって呼び出されると喜んで出掛けちゃうんです。
>あや:良いことじゃない。さぞお仲間も多いんでしょうね。
>花:でも、ご祝儀(しゅうぎ)でいただいたもの以上に振舞っちゃうもんだから、ほんとのところ、内証は火の車なんです。
>あや:そうなの? うーん、それはちょっと行き過ぎね。
>花:どうにかできないものでしょうか?
>あや:お花さん、ご兄弟は? お兄さんとか。
>花:一人っ子です。お兄ちゃんでもいて呉れれば、意見して呉れるんでしょうけど、おっ母さんとあたしじゃ、どうにも止められないんです。
>あや:そう。・・・そういうときは、ちょっとした荒療治(あらりょうじ)が必要かもね。
>花:荒療治って、一体どんな?
>咲:面白そう。ねえねえあやさん、あたしも混ぜて。
>あや:今タイ風俗回は駄目よ。そういうことは男の人がすることなの。・・・今夜にでもうちの親方と話しておくから、ちょっと待ってて呉れる?
>花:ええ。お願いします。なんとかしないと、おっ母さんがあんまり可哀想で。

>咲:親方に頼むってことは、どうせ熊さんと八つぁんになるんでしょ、動くのは? ちょっと心配だなあ。
>あや:大丈夫よ。ああ見えて、そういうことになると張り切る人たちだから。それに、人の善し悪(あ)しについてちゃんと説得できるくらい世の中を知っていますからね。十分に立派よ。
>咲:だけど、それだって、お夏ちゃんとかあたしのお陰じゃない。まだまだ頼りないわよ。
>あや:そうかしら? 熊五郎さんは頼れる人でしょ? お咲ちゃんにとっては。
>咲:あやさんったら、変な鎌を掛けないでよね。お花さんが勘違いするじゃない。
>あや:勘違いじゃないのよ、お花さん。少なくとも、わたしはそう願ってる。
>花:あたタイ風俗しも、なんだかそんな風になるような気がしてます。・・・ちょっと羨(うらや)ましいかな。
>咲:ありゃりゃ。困ったもんだわね、まったく。
>あや:お花さんは、この悩みの種が片付いたら、どうする? お嫁に行っても良いかなって、考えられるかしら?
>花:そんなこと・・・。
>咲:行っちゃえ行っちゃえ。
>花:そういう話でも来るんだったら、考えられるかしら。・・・でも、無理よね、あたしなんか。
>あや:どうかしら?

あやはにっこりと笑い掛け、もう一度、慶二をお花に抱かせてみた。
お花の「準備」は整い始めたようだった。
(つづく)---≪HOME≫

  


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2015年09月24日

『粋(すい)は身(み)を食(く)う』








238.【す】 『粋(すい)は身(み)を食(く)う』 (2004.06.28)
『粋は身を食う』
花柳界(かりゅうかい)などで、粋人と持て囃(はや)されたりしていると、遊興に深入りし過ぎて、最後には身を滅ぼすことになる。
類:●芸は身の仇
反:●芸は身を助く
*********

源五郎たちが働きに出ている間に、あやはお咲の元を訪ねていた。
久々の外出ということもあって、遠回りして、毘沙門(びしゃもん)様へも寄ってきていた。

>あや:六之進様、すっかり、ご無沙汰(ぶさた)してしまいました。
>六:おお、これは、あやさんではありませんか。親方には、お変わりなく?
>あや:はい。みんな息災(そくさい)です。
>六:ささ、むさ苦しいところではありますが、お上がりになってください。・・・咲、お茶をお煎(い)れしなさい。上等な方だぞ。
>咲:はーい。・・・ねえ、あやさん、後で慶二ちゃん、抱かせて貰っても良い?
>六:これ、端(はし)たない口の利き方をするもんじゃない。
>咲:はーい。気を付けまーす。・・・ねえあやさん、それって、例のお煎餅(せんべい)?
>あや:そうよ。お土産(みやげ)。お咲ちゃんも好きでしょう?
>咲:だーい好き。父上は下戸(げこ)だから苦手よね、塩煎餅?
>六:何を言うか。煎餅は塩辛いものと相場が決まっておる。それに、男子として苦手なものなどあろう筈がない。
>咲:強情(ごうじょう)なんだから。
>あや:味の好みは人それぞれですからね。苦手だとか得意だとかじゃなくって、好きか嫌いかということで良いんじゃありませんか? うちの親方だって、煎餅より饅頭(まんじゅう)の方が好きみたいですし。
>六:そうですな。拙者も、饅頭の方が好きではありますな。
>咲:それに、お酒よりはお汁粉(しるこ)、でしょ?
>六:酒については、目下(もっか)修行中である。やがて酒豪にもなろう。
>咲:それは無理。

あやは、煎餅とは別の包みから「金太楼(きんたろう)」の「小金饅頭」を取り出して、六之進に差し出した。
「流石(さすが)気が回るわね」というお咲の言葉ににっこりしてから、あやは本題を切り出した。

>あや:お咲ちゃんはもう気付いているでしょうけど、うちの八兵衛が、お花さんと一緒になりたいって思ってるようなの。
>六:ほう、八つぁんが・・・
>咲:あたし知ってる。もう、ばればれよ(※)。
>六:そうなのか? 私はまったく知らなんだ。
>咲:父上は一々口を挟まないで。間怠(まだる)っこくなるから。
>あや:良いのよ、お咲ちゃん。・・・それでね、その前に、お咲ちゃんの見た感じではどうかっていうことを聞きたいのよ。
>咲:あたしの感じ? うーん、どうかな。そうね、他のお客さんよりは悪くないかもね。少なくとも、三吉さんよりは良く思ってるわね。・・・でも、一緒になる気があるかどうかってことになると、ちょっと難しいかもね。
>あや:どういう風に?
>咲:まだ用意ができてないっていうのかな。そんな感じ。
>あや:そう。なんとなく分かるわね。わたしも最初はそうだったもの。
>咲:親方とのとき?
>あや:いいえ。その前のとき。・・・まだ子供だったわ。お飯事(ままごと)をしているみたいだった。
>咲:今は違う?
>あや:稚児(やや)が産まれちゃうとね。それどころじゃなくなるもの。毎日が一所懸命よ。

>咲:じゃあ、先に稚児を作っちゃえば良いのよ。
>六:こ、これ。お前、何を言っているのか分かっているのか?
>咲:そのまんまよ。
>六:そのようなふしだらなことは許さんぞ。
>咲:何言ってるの? あたしがそんなことするっていうことじゃないの。お花さんのことよ。
>六:お花ちゃんでも誰でも、許さん。
>咲:まったく、父上ったら頭が固いんだから。

お花にその気を起こさせるということが先決ということなのだろうか。
あやはちょっと考え込んだ。 が、考えたからといってどうなるものではない。

>あや:ねえ、頼んじゃっても良いかしら?
>咲:あたしが縁結びの役をやるってこと? ・・・こりゃあ難題だわ。
>あや:嫌?
>咲:嫌な訳ないじゃない。難しいことほど、やる気盛り盛りなのよね。よーし、引き受けた。
>あや:六之進様、お借りして宜しいですか?
>六:八つぁんといえば家族も同然です。存分に使ってください。・・・咲、くれぐれもあやさんの指図(さしず)に従うのだぞ。出過ぎた真似だけはせぬよう。
>咲:分かってるわよ。・・・それで? 先ずどこから始めようか?
>あや:そうね。お花さんのお父様とお話してきて貰えないかしら。
>咲:八つぁんの話を出しちゃて良いの?
>あや:それはまだ待って。・・・お仕事以外のことを、それとなく見てきて欲しいの。
>咲:仕事以外のこと?
>あや:そう。好物とか、仲の好い人は誰かとか、そういうこと。
>咲:良いけど、それが何かの足(た)しになるの?
>あや:なるかも知れないし、ならないかも知れない。・・・でもね、お花さんが中々本気になれない訳が分かるかも知れないわ。それが分かれば、お花さんは自然とそういう気になる。きっとね。
>咲:成る程。そういうことか。この縁結び役、お咲、確かに拝命(はいめい)いたしました。

お咲からの報告は2日後に来た。
お咲は、大工たちが出払った頃合いを見計らって訪ねてきた。

>咲:近所の女房連(れん)の話に混じってきたわ。あたしって、小母(おば)さん方には受けが良いみたい。
>あや:評判はどうかしら?
>咲:上々(じょうじょう)。人柄は柔らかいし、近所付き合いも良好。女房は大事に扱うし、お花さんとも良く散歩に出掛けてたほど仲良しだったって。それに、足の具合いももう治ったみたいなもんだって。
>あや:言うことなしってとこかしら?
>咲:唯(ただ)ね、1つだけあったわ。
>あや:なあに?
>咲:歌が巧いんだって。
>あや:歌?ゴーゴーバー
>咲:あちこちの祝言やら寄り合いに呼び出されて歌うんですって。「高砂や~」って。
>あや:それがいけないことなの?
>咲:うん。なんかね、ほんのちょっと包んで貰った駄賃(だちん)よりたくさん振舞い酒しちゃうんですって。耳掻きで集めて熊手で掻き出すってなもんよ。

>あや:そんなにしょっちゅうじゃないんでしょう?
>咲:隣りの小母さんに言わせると、月に6回や7回ですって。4,5日に1回よ。こりゃあもう、趣味の域を越えちゃってるわね。
>あや:それがお花さんの悩みの種なのかしら? ・・・お母様はどうな風?
>咲:頼りにされてるんだから仕方ないって、諦(あきら)めちゃってるみたい。
>あや:お母様もそんな具合いだとすると、ちょっと大変ね。・・・でも、なんとなく見えてきたわ。
>咲:次は何をすれば良い?
>あや:そうね。お花さんとお話してみたいわ。近いうちにお昼ご飯でも食べに来ない?
>咲:明日でゴーゴーバーも良い? 明日が駄目でも明後日(あさって)。
>あや:お義母(かあ)さんからお小遣いを貰ってるから、奮発(ふんぱつ)して鰻(うなぎ)でも取っちゃおうかしら。
>咲:やったあ。

そんなことになっているとは露知らず、八兵衛はじめじめした陽気にうんざりしながら働いていた。

>八:ねえ親方あ、なんだかこういうはっきりしねえ日が続くと、気持ちまで黴(か)びちまうような気がしませんか?
>源:なんだ? そいつは催促(さいそく)か? まあ待て。あやの奴が何かこそこそとやってるみたいだからよ。
>八:それもあるんですが、どっちかっていうとこっちの方で。
>源:なんだ、酒ゴーゴーバーか? まだ真っ昼間じゃねえか。
>熊:懲(こ)りねえ野郎だね、お前ぇも。
>八:折角(せっかく)棟梁たちがいないんですから、ちょっとくらい馬銜(はめ)を外しても良いんじゃねえですか?
>源:お前ぇなあ、嫁が欲しいって言ってる割には、迎える準備ってもんが全然ねえじゃねえか。ちっとは我慢をして、銭を貯(たくわ)えるとか、そんなことを考えたことはねえのか?
>八:へい。そう言や、まったく考えたことがなかったです。
>源:それじゃあ今から考えろ。このままいくとお前ぇは飲み食いだけで身代(しんだい)を潰(つぶ)しちまいそうだ。
>八:そんなあ。いやあ親方、「身代」なんて呼べるほど立派な家(うち)じゃあありませんって。
>熊:褒(ほ)め言葉で言ってるんじゃねえっての。
(つづく)---≪HOME≫

※お詫び 時代考証を誤っています。
  「ばればれ」は、現代の用法です。
  この時代(1804頃)にはこういう使い方はしていなかったと思われます。(上に戻る)

  


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2015年09月24日

『推敲(すいこう)』








237.【す】 『推敲(すいこう)』 (2004/06/21)
『推敲』
詩や文章を作るにあたって、最適な字句や表現を求めて、良く練ったり練り直したりすること。
故事:「唐詩記事-巻40」・「渓漁隠叢話」 唐の詩人賈島(かとう)が「僧推月下門」の句を作ったが、「推(おす)」を「敲(たたく)」に改めた方がよいかどうかに苦慮して韓愈に問い、「敲」に決めた。 
出典①:唐詩紀事(とうしきじ) 詩集。南宋。計有功撰。成立年代不詳。唐の詩人1150人について系統的に詩・小伝、及び詩の背景となる事柄などを纏めたもの。
出典②:ショウ[糸+相]素雑記(しょうそざっき) ・・・調査中。
*********

折り良く、旅立ちの朝の雨は、小降りになっていた。
源蔵とお雅は、4歳[数え]になった静(しずか)に手を引かれるようにして出掛けていった。
源太の足取りがまだまだ心許(こころもと)ないので、源蔵とお雅が交替で背負うということらしい。
赤子(あかご)を抱いて門まで見送りに出たあやは、傘も差さず、4人が見えなくなるまで見送っていた。

>源:いつまでも突っ立ってると、慶二が濡(ぬ)れるぞ。
>あや:あらいけない。そうでしたね。
>源:大丈夫だよ。ああ見えても、母ちゃんは子供の扱(あつか)いが巧いんだからな。
>あや:それは分かっています。万が一、旅先で病(やまい)にでもなりはしないかと・・・
>源:家(うち)にいたって病気になるときはなるんだ。気にすることはねえよ。
>あや:そうなんでしょうけど、これまで離れて眠ったことがないですから、なんだか、両腕でも(も)がれたみたいです。
>源:なんだよ。家にいるお前ぇの方で里心が付いちまっちゃ、話にならねえじゃねえか。
>あや:そうですね。
>源:さ、五月蝿(うるせ)え弟子どもが来るまで暫(しばら)くあるから、茶でも飲むとしようじゃねえか。
>あや:そうしましょうか。・・・でもなんだか、こんなにひっそりしちゃうと、甚兵衛長屋に引っ越したばかりの頃を思い出しちゃいます。
>源:そうか? 俺はずうっとここに住んでるからな。・・・侘(わび)しかったのか?
>あや:ええ。ちょっとばかし。

源五郎は、あやが煎(い)れて呉れた茶を飲みながら、八兵衛とお花の話を切り出すべきかどうしようかと迷っていた。
あやは、慶二のお湿(しめ)を替えながら、そんな源五郎の様子を面白がっていた。既に見透(みす)かされていたのである。

>あや:何か厄介(やっかい)ごとでもありましたか?
>源:い、いや、別にそんなことじゃあねえんだ。
>あや:そうですか? そうは見えませんけど。なんだか、断わり切れない頼みごとをされたって感じですよ。
>源:まったく、お前ぇには嘘は吐(つ)けねえな。仕様がねえ。・・・八のことだ。
>あや:どこかから見合い話でも来ましたか?
>源:そうじゃねえんだよ。八の野郎がな、とある娘に惚(ほ)れたってんだよな。
>あや:それじゃあ、力になってあげなきゃなりませんわねえ。それで、どこの方なんですか?
>源:それがよ、選りにも選って「だるま」で働いてる娘だってんだ。
>あや:お花さん?
>源:お前ぇ、なんで名前を知ってるんだ?
>あや:だって、お夏ちゃんから聞いたんですもの。
>源:なんだと? もう半年以上も前から知ってたってのか?
>あや:名前だけですよ。それと、お父さんが漬物を商(あきな)っているってことと、武芸の嗜(たしな)みがあって、ちょっとした荒くれ者くらいじゃとても敵(かな)わないほどだってこと。
>源:そんなのは初耳(はつみみ)だぞ。
>あや:あら、そうでしたの?

そんなところへ、五六蔵が早めに現れた。

>五六:親方あ、おはようございやす。早過ぎて済いやせん。
>源:おう、五六蔵。どうしたんだまだまだだろうに。まあ、上がってきて茶でも飲め。
>五六:へい。あい済いません。・・・あ、姐(あね)さん、おはようございやす。いやあ、鉤助(かぎすけ)の奴がぴいぴいと泣きやがるもんで、のんびり寝ちゃいられねえんですよ。
>源:そうか。それに比べたらうちの慶二は妙に大人(おとな)しいな。
>あや:きっと、すぐにお腹(なか)が空(す)いちゃうせいですよ。お三っちゃんのお乳だけじゃ足りないのかも知れないわね。
>五六:へえ、そういうもんですか。今晩早速(さっそく)お三千と相談してみます。
>源:お前ぇんとこのは特別にでけえから、それだけ腹も空くだろうよ。
>あや:でも、あんまり甘やかしちゃ駄目よ。「泣く子は育つ」って言うそうだから、鳴かせておくくらいの方が稚児(やや)のためかも知れないの。
>五六:成る程。流石(さすが)は姐さんだ。伊達(だて)に3人も育てちゃいねえですね。為になりやした。
>源:まあ、当分夜泣きには悩まされるだろうな。だが、多かれ少なかれ、誰もが通る道だからな。

>五六:そうですね。お見逸(みそ)れしやした。・・・ときに、棟梁たちはもう出掛けなすったんで?
>源:さっきな。雨っ降りが好きなんだとよ。俺には分からねえな。
>五六:十人十色でやすからね。紫陽花(あじさい)は雨が一番似合うって言いやすし。
>源:お前ぇが言うなってんだ。怖気(おぞけ)が立つぜ。
>五六:そうまで言うことはないでしょう。形(なり)はでかいですが、心は生娘(きむすめ)並みなんでやすからね。
>源:どこがだ。聞いて呆れるぜ。・・・それはそうと、藺平(いへい)父つぁんは、鉤助のことを本当に畳職にするつもりなのか?
>五六:無理にとは言ってねえんですが、付けた名前からすると、見え見えですよね。
>源:嫌だって言い張ることも出来たんだぜ。
>五六:ではありやすが、まあ、高々(たかだか)名前でやすから。大工になりてえって言い出したら、錠前の「鍵」の字に変えちまいまさぁ。
>源:はっは。そりゃあ良い。錠前直しかなんかになりゃ、左団扇(ひだりうちわ)で暮らせるかも知れねえな。
>五六:いかんせんあっしの子でやすからね、期待薄でやすけど。
>源:違えねえ。

その頃になって、やっと熊五郎と八兵衛が現われた。
今日は仕事が出来そうだからと、源五郎たちはのろのろと腰を上げた。

>八:親方ぁ、棟梁たちは出掛けなすったんで?
>源:喜び勇んで行きやがったよ。半月もいねえかと思うと清々(せいせい)すらあ。
>八:それで、親方。あっちの方はどんな具合いでやすか?
>源:もう少し待ってろ。今日の今日で何が出来るってんだ。
>熊:慌てる乞食(こじき)は貰いが少ねえって言うだろ?
>八:そうは言うけどよ、おいらとしちゃ、気が気じゃねえのよ。
>源:あやの奴には枕(まくら)くらいは話しといたから、勝手になんとかやって呉れるだろうよ。俺としちゃ、逆に心配なんだがな。
>八:姐さんが乗り出して呉れると決まりゃ、もう大丈夫ですね。
>源:そうとばっかりは船橋 デリヘル決め付けるなよ。あいつの遣りようはどうも危なっかしくて仕方がねえ。全く反対の結果になったって知らねえからな。
>八:そんなあ・・・
>熊:要は、お前ぇに男としての頼もしさとか甲斐性(かいしょう)とかがあるかってことなんじゃねえのか?
>八:そういうことなら、上等だろうよ。
>熊:本気で言ってるのか?
>八:あたぼうよ。
>熊:こいつ分かってんだかね。お前ぇなあ、今晩でも家に帰ってから「甲斐性」ってのはどういうもんなんだか、母ちゃんととっくり話し合っておけよな。
>八:そんなこと聞かなくたって分かってら。おいらはいつだって快食快便だ。元気なことが何よりも大事だってことだろ? 舐(な)めて掛かるのも好い加減にしろってんだ。
船橋 デリヘル
>源:なあ八、1つだけ聞いときてえことがある。
>八:なんですか?
>源:お花ちゃんのところは商いをやってるっていうじゃねえか。・・・まあ、別に商人(あきんど)と職人の取り合わせが悪いってんじゃねえんだが、お前ぇ、もしも、商いを手伝って呉れってことになったらどうする?
>八:おいらが商いですか? ・・・うーん。まあ、太助辺りよりはよっぽど増しだとは思うんですが、やっぱり、大工でいた方が良さそうですよね。
>源:本心なんだな?
>八:おいらが物を売ってる姿なんて、どうもぴんと来ねえんですよね。・・・でも、そういうのって、肝心なことになってきちまいますか?船橋 デリヘル
>源:分からねえが、先様(さきさま)次第だろうな。
>八:へ? お咲坊のことですかい?
>熊:何を惚(とぼ)けてやがる。お咲様じゃなくって、先方のお父つぁんのこったよ。・・・まったく、どこが頼もしいのかね。
>八:そりゃそうだよな。お咲坊の訳ねえよな。・・・でもよ、お咲坊はお花ちゃんの躾(しつけ)役をやってたんだろ? もしかすると、お咲坊が巧いこと言って呉れるかも知れねえぞ、こりゃ。ふむ。どうだ? 良い考えだろ?
>熊:手前ぇに都合(つごう)の良いことばっかり考えるなってんだ。

その頃、あやの方では、お咲に間に立たせて事を運ぶのが、一番良いのかも知れないと考えていた。
(つづく)---≪HOME≫

  


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2015年09月24日

『水魚(すいぎょ)の交(まじ)わり








第27章「茶目っ気あやの鬼の居ぬ間(仮題)」

236.【す】 『水魚(すいぎょ)の交(まじ)わり』 (2004/06/14)
『水魚の交わり[=思い・因(ちなみ)・親(しん)]』
水と魚の関係のように、非常に親密な友情や交際を喩えていう言葉。
類:●刎頸(ふんけい)の交わり●管鮑の交わり●莫逆(ばくげき)の交わり●膠漆(こうしつ)の交わり
参照:「三国志・蜀志-諸葛亮伝」 「孤之有孔明、猶魚之有厦水也。願諸君勿復言」
出典:蜀志→三国志(さんごくし) 192 呉下の阿蒙 参照。
*********

空梅雨(からつゆ)であるせいか、八兵衛は今のところ、「なんか面白(おもしろ)いことでも起きねえかな」とは言い出していない。
予定以上に仕事が舞い込み、大女将(おおおかみ)のお雅はほくほく顔である。

>雅:ねえお前さん、温泉にでも行ってこないかい?
>棟:なんだよ、藪から棒に。足腰も丈夫だし、どこも痛(いて)えところなんかねえぞ。
>雅:湯治(とうじ)じゃないよ。息抜きと骨休めのためだよ。
>棟:二人っきりで、しっぽりとか?
>雅:そんな訳ないでしょう。孫らとあやを連れてだよ。
>棟:うん、まあ、それも良いが、慶二はまだ生まれてから3月(みつき)と経(た)ってねえからな。どんなもんだかな?
>雅:そうだねえ。首が据(す)わるには、あと2月くらい掛かるかねえ。
>棟:それじゃあ、それまで待てば良いじゃねえか。温泉は逃げやしねえんだからな。
>雅:そうかい? ・・・でもさ、思い立つ日が吉日だって言うじゃないか。そんなに待ってたら、なんだかんだと用事ができちまって、結局行けなかったってことになったりするもんさ。
>棟:そりゃあ、梅雨の時期と比べりゃ夏の方が忙しいに決まってら。
>雅:それじゃあ、こういうのはどうだい? あやには済まないが、静と源太の2人を連れて4人だけで出掛けちまうってのは?
>棟:あやがそれで構わねえって言って呉れたらだな。

>雅:それじゃあ決まりだね。行き先はどこにしようかねえ?
>棟:おいおい、まだあやが納得するかどうか分からねえんだぞ。駄目だってことなら取り止(や)めになるんだ。先に行き先の話をする奴があるか。
>雅:へへーんだ。もうあやの了承は取り付けてるのさ。
>棟:なんだと? またお前ぇ・・・
>雅:違うさ。あやの方から言ってきたんだよ。鎌倉の紫陽花(あじさい)が見事(みごと)だそうですよって。
>棟:そりゃあ花見ってことだろう? 温泉とはまた違うだろ。
>雅:出掛けるのには違いがないでしょう?
>棟:蜻蛉返(とんぼがえ)りになるか、何日か泊まってくるかだぞ。大きな違いじゃねえか。
>雅:大した違いじゃないでしょ? 要は、日頃の気(け)だるい思いを忘れて、滅多(めった)に行けないところに行って、羽を伸ばすってことだもの。
>棟:そりゃあ理屈じゃそうだろうが、源五郎が怒り出しゃしねえか?
>雅:構うことなんかないさ。もしかするとさ、2人きりになれて、却(かえ)って喜ぶかも知れないじゃないか。

「半月くらいのんびりさせて貰うからね」というお雅の言葉に、あんぐりと口を開けた源五郎であったが、言い出したお雅を止めることなど誰にもできないということに思い至り、渋々承服したのだった。

>雅:何も自分たちだけが良い思いをしようってんじゃないよ。お前たちにも特別に小遣(こづか)いを出しといたから、あやに配分して貰いな。
>源:そういうことなら、弟子たちにも話は付くがな。でも、あんまり浮かれた顔ばっかり見せるなよな。
>雅:分かってるよ。それじゃあ、早速(さっそく)準備に取り掛かるとしましょうかね・・・
>源:梅雨なんだから、どこへ行ったってどうせ雨だぜ。
>雅:半月もしたら梅雨だって明けちまうさ。初めが悪くたって終わりが良ければ良いの。
>源:そんなもんかね。俺だったら、雨の中を歩きたいなんて思わねえがな。
>雅:そんなもんこっちの好き好きだろう? あんたみたいな唐変木(とうへんぼく)には、雨っ降りの良さなんか分かりゃしないだろうね。
>源:分かるさ。雨が降りゃあ、仕事を休める。
>雅:そんなこったろうと思ったよ。
>源:はいはい。・・・そんで? どこに行くってんだい?
>雅:箱根さ。途中で、鎌倉の紫陽花寺にでも寄ってみようかと思ってるのさ。お前には花の良し悪(あ)しなんか理解できないだろうが、静と源太にはそんな風になって貰いたくないからね。
>源:なんだと? 静と源太を連れてくっていうのか?
>雅:あやの了解は貰ってあるよ。・・・偶(たま)には夫婦(めおと)水入らずってのも良かろうよ。
>源:そんなもん、今更・・・
>雅:子守りでもなんでも頼んで、雨の散歩にでも連れ出しておやり。
>源:大きなお世話だって言ってんだろ。

とは言ったものの、そういえばあやの外出はここのところめっきりなくなっていたなと、源五郎は考えていた。

>八:へ? 棟梁たち、出掛けるんでやすか?
>源:半月だとよ。
>八:そんなにでやすか? そりゃあ豪勢だ。羨(うらや)ましいですねえ。
>源:そうか? 足腰も弱ってきてるってのに、よくもまあ遠出なんかするもんだよな。
>八:弱ってるから行くんじゃねえですか。いつ足腰が立たなくなるか分からねえですから、行けるときに行っとかなきゃね。
>熊:お前ぇなあ、そういうことは分かっててもはっきり言うもんじぇねえってんだ。
>八:そうか? でもよ、うちの母ちゃんも良く言うぜ。いつくたばるか分からないから早く嫁を貰って、孫の顔を拝(おが)ませて呉れって。
>熊:そりゃあ随分と際疾(きわど)い脅(おど)し文句だな。
>八:そうだろ? ・・・ねえ親方、そろそろおいらの嫁の話をなんとかして貰えねえもんですかねえ?
>源:そんなもん自分で何とかしろ。目当ては疾(と)っくに決まってるんだろう?
>八:へ? そんなこと、誰が言いました? 嫌だなあ親方、そんなありもしねえことを言い出さねえでくださいよ、ははは。
>熊:何を言ってやがるんだか。そんな期待に満ちた目をするんじゃねえったら。
>源:ま、あんまり気乗りはしねえんだが、その話は爺さんと婆さんがいなくなってから、あやの奴と相談してみるよ。
>八:ほんとですかい?
>源:あんまり期待するなよ。
>八:へい。・・・へい。あんまり期待せずに、色好い結果を待っていやす。
>熊:何を言ってるか分かってるのかね、滅茶苦茶(めちゃくちゃ)じゃねえか。
>八:話し言葉は滅茶苦茶でも、心の中身はちゃんと伝わってるのさ。なんてったって、おいらと親方とはそりゃあ長い付き合いなんだからよ。・・・ねえ、親方?
>源:分かりたくねえほど分かるから、もうそれくらいにしとけ。・・・あーあ、厄介(やっかい)なことにならなきゃ良いがな。

「今日はお前ぇらに任せるから、適当にやっとけ」と言うと、源五郎は奥の間へ引っ込んでしまった。
源五郎が言うところの「厄介なこと」というのは、あやが張り切り過ぎてしまうこと、である。 なんといっても、こういう話は嫌いではないのだ。目がないといっても過言(かごん)ではない。
船橋 風俗
>八:なあ、熊よ。あんまりでかい声で言えたもんじゃねえんだけどよ、大女将さんが半月もいねえとなると、なんだかこう、軽くなるよな気がするよな。
>熊:十分にでかい声だな。聞こえちまうぞ。
>八:あ、いけね。そう言や地獄耳なんだっけな。・・・ふう。大丈夫だったみてえだな。きっと、旅支度(たびじたく)のことでそれどころじゃねえんだな、多分。
>熊:そうだと良いんだがな。
>八:・・・なあ。親方と姐さん、なんとかして呉れると思うか?
>熊:姐さんはどうにかしてくださるだろ? それに親方だって、ああは言ったって、最後にはちゃんと立ち回ってくださるって。お前ぇだって長い付き合いなんだから、そのくらい分かってんだろ?
>八:頭じゃ分かってるんだけどよ、ことが自分のこととなると、やっぱり心配なんだよな。
>熊:そりゃあそうかも知れねえな。
>八:分かって呉れるか?
>熊:ああ。分かりたくねえほどにな。
船橋 風俗
>八:そんでよ、聞くのが怖かったからまだ聞いてなかったんだがよ、お前ぇ、お花ちゃんのことどう思う?
>熊:どうってったってなあ。良い娘なのは間違いねえだろうが、八と夫婦になってどうかってことになると、なんとも言えねえな。悪い話じゃねえ。お前ぇにとってはな。
>八:そうだよな。当のお花ちゃんにとってどうなのかってことだよな。そうなるとおいらもちょいとばかし自信がねえんだよな。
>熊:なんだよ。お前ぇがそんなじゃ、話が前へ進まねえじゃねえか。しっかりしろ。
>八:しかしよ、職人は職人で、商人(あきんど)は商人だからな。
>熊:そんなこと気にしてたって始まらねえだろ? どーんとぶつかっていくしかねえのさ。
>八:それで、見事(船橋 風俗みごと)玉砕(ぎょくさい)か?
>熊:そんときゃそれで仕方がねえ。もしそうなっちまったら、鰻かなんかを奮発(ふんぱつ)してやるさ。
>八:ああ。そんときゃ頼むな。

食い物の話をしても乗ってこない八兵衛を見て、こりゃあよっぽど本気だぞと、熊五郎は感じていた。
(つづく)---≪HOME≫

  


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2015年09月24日

 『尻馬(しりうま)に乗(の)る』








235.【し】 『尻馬(しりうま)に乗(の)る』 (2004.06.07)
『尻馬に乗る』[=付く・出る]
1.他の人が乗っている馬の尻に乗る。他の人が乗っている馬の後ろに乗る。
2.節操もなく他人の言説に付和雷同する。無批判に人のすることに便乗して行動する。 類:●付和雷同
3.人の尻に乗る。
*********

日付けが変わって間もなく、五六蔵の妻・お三千が男の子を産んだ。
五六蔵に似たせいか、大きな稚児(やや)だった。

>五六:思いの外(ほか)長引いちまいました。休みまで取らして貰っちまって、済いやせんでした。
>源:初めてのときは心配なもんだ。付いててやるに越したことはねえ。それより、お前ぇ、夜中のことじゃ、十分には寝てねえんじゃねえのか? なんなら半日休んでても構わねえんだぜ。
>五六:産んだのはお三千の方で、あっしじゃねえんですぜ。それに、朝方まで掛かった四郎が仕事をしたってのに、あっしが休んでちゃ、合わせる顔がありませんや。
>四:おいらの方は、昼飯を食ってから居眠りをしちまいましたけど・・・
>熊:起こさなかったのは、手が要(い)らなかったからだ。怠(なま)けてた訳じゃねえさ。
>源:今日は昨日とは違って、手が有り余ってるからな。1人や2人足りなくたってなんとでもなる。
>五六:それじゃあ、みんなで寄って集(たか)って働いて、早いとこ片付けちまうってことにしやしょう。・・・今日は、藺平(いへい)父つぁんから小遣い銭を貰ってきてるんです。
>八:ほんとか? そりゃあ凄(すげ)え。・・・これで、今晩も鰹(かつお)が食えるな?
>源:お前ぇ、朝っぱらから酒臭(くせ)えんだが、そんな調子で今晩も飲もうなんて気に、良くなれるな。
>八:こんなの、昼飯を食えば治っちまいますって。
>三:鰹のためなら、意地でも治してみせるってことでしょう?
>源:鰹だと? あの「だるま」でか?
>三:へい。あの親爺(おやじ)、何を思ったのか大枚(たいまい)叩(はた)いて初鰹を仕入れてきやがったんでさ。
>源:へえ。似合わねえな。
>五六:親方も一緒にどうですか? 慶二坊ちゃんの方もちょっとは落ち着いたでしょう?
>源:そうだな。偶(たま)にはそういうのも良いかもな。みんなが揃(そろ)うのも久方振りだもんな。
>八:やったあ。親方が来て下さるってんなら、これほど心強いことはねえ。
>源:お前ぇが当てにしてるのは、俺じゃなくって、俺の懐(ふところ)具合いだろう?
>八:へい。まったくその通りで。
>源:・・・この野郎。ご愛嬌(あいきょう)でも、「そんなことありません」くらいのことを言うもんだ。
>八:こりゃあ失礼いたしました。・・・あ、そうだ。親方はまだお花ちゃんと一遍(いっぺん)も会っちゃいねえですよね? 折角だから、とっくりと見といて貰いたいですねえ。

そういう魂胆(こんたん)である。あわよくば、源五郎に仲立ちを頼めるかも知れない。
今日は巧く立ち回って、そういう風に持っていきたいところである。

昼時に、お咲がやってきて、「五六ちゃん、生まれたの?」と聞いてきた。
「へい、男の子でやした」という五六蔵の返事を聞くなり、お咲は「だるま」の亭主と、六之進に伝えるべく、駆け出した。
(よし、これで今夜も「だるま」へ行く口実ができる。・・・父上は、二日酔いが酷(ひど)くて、今夜は行かないだろう。) そんなことを考えて、にんまりしていた。

>五六:熊兄い、お咲ちゃん、どうかしちまったんですかい?
>熊:大方、「だるま」の親爺に「ちゃんと鰹を仕入れといてね」とでも言いにいったんだろうよ。現金な小娘だぜ、まったく。
>五六:でも、気にして呉れただけでも、なんだか嬉しいですよ。
>熊:「名前はどうするの?」くらいのことが言えねえのかね。下心(したごころ)が丸見えじゃねえか。
>五六:そんなこと、どっちだって良いんですよ。あっしは、稚児が生まれたってことを知って貰うだけで嬉しいんですから。
>熊:そんなもんかね。
>四:それで、兄貴。稚児の名前はなんていうのにするんですか?
>五六:さあな。藺平父つぁんが決めて呉れるだろ。お三千が良いというならそれで良い。
>四:強そうな名前になるでしょうね、きっと。うちのと、良い釣り合いになりそうだ。
>五六:お前ぇんとこのはなんて付けて貰ったんだって?
>四:「元吉」ってんです。元気そうな名前でしょう? およねも気に入って呉れました。
>五六:そいつは良かった。・・・うちのは、まあ藺平父つぁんのことだから、畳職に関係ありそうなもんでも付けるんだろうよ。
>四:でも、大工にさせるつもりじゃないんですか?
>五六:今から決めてても仕方がねえだろう。でかく育ってから自分で決めさせりゃ良い。選べるのが2つもありゃ、立派なもんじゃねえか、なあ?
>四:確かにね。おいらたちは、百姓しか選ばせて貰えなかったんですもんね。

日が西に傾(かたむ)くほどに、「だるま」の亭主は焦(あせ)りを募(つの)らせていた。
鰹がないのである。出入りの棒手振(ぼてふ)りも、市場も、海鮮問屋に至るまで、首を横に振るばかりだった。
一様に口を揃(そろ)えて「買い占められた」と答えた。

>亭:こりゃあ、いよいよやばいぞ。五六蔵の野郎のこったから、「四郎に出せて俺に出せねえのはどういうこった」とかと言って、暴れ出さないとも限らない。・・・それに、折角(せっかく)の好い鴨だってのに、儲(もう)けられねえじゃないか。勿体ねえ勿体ねえ。

どちらかというと、儲けの方が優先であるらしい。
しかし、どこをどう回ってみても鰹の「か」の字も見付け出せず、足が棒になるほど歩いた末に、這(ほ)う這うの体(てい)で戻ってきた。
何も出さない訳にもいかないということで、再度回ってきた棒手振りから活(い)きの良さそうな蛸(たこ)を買った。

夕方早い刻限に、源五郎を含めた8人がどやどやと「だるま」に入ってきた。序(つい)でに、お咲も現われ、急に火が灯(とも)ったように騒がしくなった。
亭主は源五郎を見て、「ちっ、親方まで連れてきちまったのか」と舌打ちした。
そういうことになるのを察してか、お花も早めにやってきていた。

>八:お花ちゃん。このお方がおいらたちの親方だ。宜(よろ)しく頼むぜ。
>花:まあ。始めまして、お花と申します。八兵衛さんたちには特別に良くして貰ってまして、助かってます。
>源:今日は大人数になっちまって済まねえな。こっちはこっちで適当にやるから、ほかの客たちの方に専念して貰って良いからな。
>花:どうも、お心遣い有難う御座います。・・・お話で伺(うかが)っていた通り。
>源:そりゃあ、どっちの方ってことだい?
>花:良い方ですよ、勿論。ちょっと見は怖そうだけど、心根は飛び切りだって。
>八:そりゃあ、おいらたちの親方だもんよ。当たり前だろ? そんでもって、その一番弟子の八兵衛さんの心根も飛びっ切りだ。そうだろ?
>花:はいはい、そういうことにしときます。・・・それじゃあ親方、ゆっくりしてってくださいまし。

お花が奥へ向かいながら、今日のお勧めは何かと尋ねると、亭主は渋々「蛸だ」と答えた。
タイ風俗
>八:親爺、なんだと? 蛸だと? 鰹じゃねえのかよ。蛸なんざ間に合ってるぞ。そんなもん堺屋の徹右衛門で十分だ。
>咲:その名前は出さないでったら。
>熊:八、まあそうかっかするなよ。怒ったって鰹が出てくる訳でもねえだろ? それに、見ろよ、お花ちゃんが困ってんだろ。
>八:え? ああそうか。そうだな。まあ、今夜は鰹は諦(あきら)めるとするか。
>三:もう諦めちゃうんですか?
>咲:あたしは嫌(や)だ。鰹じゃなきゃ駄目。
>八:まあそう言うなって。な? 蛸も捨てたもんじゃねえぞ。
>咲:蛸も徹右衛門も嫌あ。顔も見たくない。
>八:そうなのか? うん、そうだよな。誰が見たって、徹右衛門よりは熊の方が増しだもんな。
>熊:そ、そ、そんなこと言ってる場合じゃねえだろう。食いもんの話だ。五六蔵の倅(せがれ)の祝いに、贅沢なもんを食いてえんだろう?
>八:そうだよ。蛸じゃいつもと変わらねえ。もっとなんだ、滅多(めった)に口にすることができねえもんだよな。そんでもって、親方の口タイ風俗に合いそうなもんだよな?
>源:俺は別になんだって構わねえぞ。・・・そんなことより、直ぐに出てきそうなもんと銚子を頼んじゃどうだ?
>八:そ、そ、その通りぃ。・・・えーと、お花ちゃん、取り敢えず、昨夜(ゆうべ)の残りもんと銚子5、6本出して貰えねえか?
>花:はい、分かりました。

>熊:八よ。なんだか今日のお前ぇは変だぜ。
>八:何が変だってんだ? 別に変わりゃしねえぞ。
>熊:ころころと態度を変えやがってよ。見苦しいったらねえぞ。
>八:そんなこと言うけどよ、こっちにはこっちの事情ってもんもあるんだよな。なあ、そうだろ? 親方に気持ち良く飲んで貰わなきゃならねえしよ。四郎と差を付けられちゃ五六蔵が可哀想だしよ。お咲坊を怒らしたらお前ぇに申し訳ねえしよ。ここの親爺と険悪になってもしようがねえしよ。・・・まあ色々と気を遣(つか)ってる訳さ。
>熊:お前ぇがか? タイ風俗嘘を吐(つ)け。何か魂胆があるに違いねえ。
>八:そ、そ、そ、そんなことはねえさ。ははは・・・
>熊:まったく分かり易い奴だな、お前ぇってやつは。

八兵衛以外の全員が、一斉(いっせい)にお花の方へ顔を向けた。
(第26章の完・つづく)---≪HOME≫

  


Posted by ふなひじ at 15:35Comments(0)